日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年9月10、11日) : 人工語「エスペラント語」の矛盾

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バルセロナから(2018年9月10、11日) : 人工語「エスペラント語」の矛盾


さて、「簡約日本語」について考えてみよう。


その前にエスペラント語に触れなければならないだろう。


1887年にポーランドのザメンホフによって国際語として発明されたエスペラント語は、人工語としてはかなり成功した例だが、やはり限界があったと言わざるを得ない。


言語には「道具」の側面と「文化」の側面があるが、人工語の致命的な欠陥は「文化」としての言語を作り得ない点にある。


すなわち、言語が一種の「生命体」である点を見れば、人工語の発想そのものに矛盾が潜んでいたことがわかる。


文化・慣習に根付いたものでなければ日常的な言語としては定着できないことを、我々はすでにザメンホフの試みから学んでいる。


如何なる言語もその語彙を制限し凍結したものは、いずれその生命を失うことになる。


問題の「簡約日本語」は次回、登場する。


写真は、いつものバルセロナ散歩道でサグラダ・ファミリア(Sagrada Familia) に挨拶。

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