日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

本ブログ(その1)は ☛ http://urgell.blog62.fc2.com/ をご覧下さい。

バルセロナから(2018年9月22、23日) : 【だ】と【です】の言い分に耳を傾ける

#スペイン #バルセロナ #日本語 #【だ】と【です】 #Boniato バルセロナから(2018年9月22、23日) : 【だ】と【です】の言い分に耳を傾ける 日本語の長い歴史から観れば、つい最近まで「おいしい」の丁寧形は「おいしゅうございます」であった。ところが、これに取って代わって、「おいしい」に【です】を加えただけの「おいしい【です】」が瞬く間に広まった。 この辺の事情について考えてみよ…

バルセロナから(2018年9月20、21日) : 「美味しいです」と「美味しゅうございます」

#スペイン #バルセロナ #日本語 #非文 #peluquería バルセロナから(2018年9月20、21日) : 「美味しいです」と「美味しゅうございます」 1964年の東京オリンピックマラソンランナーだった円谷幸吉選手の遺書は「美味しゅうございました」のリフレインが印象的だった。 それほど長くないので全文紹介する。作家の川端康成や三島由紀夫らが絶賛したと言われる名文である。 家族に向けて「…

バルセロナから(2018年9月18、19日) : あるマラソンランナーの遺書

#スペイン #バルセロナ #日本語 #東京オリンピック #円谷幸吉 バルセロナから(2018年9月18、19日) : あるマラソンランナーの遺書 2度目の東京オリンピックがすぐ前まで迫って来た。最初の東京オリンピックのエピソードとして後に自殺したマラソンの円谷選手のことを想い起こす人もいるだろう。それと同時に「おいしゅうございました」という表現が思い浮かぶ人もいるかもしれない。 「おいしい」の丁…

バルセロナから(2018年9月16、17日) : 世界の精神的補完としての日本語

#スペイン #バルセロナ #日本語 #日本人 #Casa Milà バルセロナから(2018年9月16、17日) : 世界の精神的補完としての日本語 日本語の自律性とは無関係な「簡約日本語」は案の定、試みだけで頓挫したようだが、「外国語としての日本語教育」への対応に焦るあまり、歴史に学ぶことなく「簡約日本語」的発想が、今日でも時々見え隠れするのも又事実で、私の危惧が杞憂に終わることを願うところで…

バルセロナから(2018年9月14、15日) : 日本語の行く末

#スペイン #バルセロナ #日本語 #日本語教育 #国語教育 バルセロナから(2018年9月14、15日) : 日本語の行く末 日本語は長い間その研究を日本国内の日本人だけに委ねられてきた閉鎖的な印象が強いが、「外国語としての日本語教育」が推進・定着されるにつれ、これからは世界のどこからでも日本人であろうとなかろうと、優れた日本語研究が出現する可能性が大きくなる。 「日本語・日本文化はもはや日本…

バルセロナから(2018年9月12、13日) : 「簡約日本語」の教訓

#スペイン #バルセロナ #日本語 #簡約日本語 # 大坂なおみ バルセロナから(2018年9月12、13日) : 「簡約日本語」の教訓 1988年、国立国語研究所で当時の所長の野元菊雄が中心となり開発を進めて発表した「簡約日本語」の発想は、≪日本語は難しい≫という固定観念から生じたものだろう。 その「簡約日本語」の一節を原文と比較しながら見てみよう。 [原文]まず北風が強く吹き始めた。しかし北…

バルセロナから(2018年9月10、11日) : 人工語「エスペラント語」の矛盾

#スペイン #バルセロナ #日本語 #エスペラント語 #Sagrada Família バルセロナから(2018年9月10、11日) : 人工語「エスペラント語」の矛盾 さて、「簡約日本語」について考えてみよう。 その前にエスペラント語に触れなければならないだろう。 1887年にポーランドのザメンホフによって国際語として発明されたエスペラント語は、人工語としてはかなり成功した例だが、やはり限界が…

バルセロナから(2018年9月8、9日) : 日本語の自律性への敬意

#スペイン #バルセロナ #日本語 #Naomi Osaka バルセロナから(2018年9月8、9日) : 日本語の自律性への敬意 第二次大戦後のアメリカは占領政策の一環として「教育使節団」を日本に派遣し、教育改革のために漢字使用の全廃やローマ字などの表音文字専用への移行を勧告した。 こうした混沌騒然とした空気の中、昭和21年4月、雑誌『改造』に志賀直哉は 「国語問題」というタイトルでこの国語フ…

バルセロナから(2018年9月6、7日) : 日本語に対する「無知無感覚」

#スペイン #バルセロナ #日本語 #なかま バルセロナから(2018年9月6、7日) : 日本語に対する「無知無感覚」 志賀直哉は更に続ける。 「世界で一番いい言語、一番美しい言語、フランス語を国語に採用する英断をするべきだと思う」と。だが、その根拠は叉も一向に示されないまま「外国語のことはよく知らないが、フランスは文化先進国でもあり、小説や韻文でも日本と共通のものがあると云われる」と結論づけ…

バルセロナから(2018年9月4、5日) : 志賀直哉「国語フランス語化論」を読んでみる

#スペイン #バルセロナ #志賀直哉 #ウォールアート バルセロナから(2018年9月4、5日) : 志賀直哉「国語フランス語化論」を読んでみる さて、次に志賀直哉の「国語フランス語化論」について考える。 第二次大戦後、勝者であるアメリカ合衆国が日本の占領政策の一環として、教育改革と称して漢字使用の全廃、ローマ字などの表音文字専用への移行を勧告した。 日本国民が自信喪失状態の中、漢字仮名交じり文…

バルセロナから(2018年9月2、3日) : アメリカ人にタシナメられた森有礼の「国語英語化論」

#スペイン #バルセロナ #森有礼 #折り紙 バルセロナから(2018年9月2、3日) : アメリカ人にタシナメられた森有礼の「国語英語化論」 まず、森有礼の「国語英語化論」について考えてみる。 森は明治維新の直後1873 年、ワシントンの書店から英文で出版した『Education in Japan』で「国語英語化論」を展開している。 じつは、その本の出版に先だって、森は当時の有名なアメリカの言…

バルセロナから(2018年8月31、9月1日) : 日本語が受けて来た扱いに言葉を失くす

#スペイン #バルセロナ #鈴木孝夫 #日本文化 バルセロナから(2018年8月31、9月1日) : 日本語が受けて来た扱いに言葉を失くす 言語学者、鈴木孝夫は『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書、1999年)「外国語に憧れる日本人―日本語劣等感」で次のように言っている。 《何しろ明治以来日本では、社会の指導的立場にあった立派な人が次々と、日本語は駄目だ、日本語を使っている限り日本人は世界…

バルセロナから(2018年8月29、30日) : 日本語放棄への驚くべき提案

#スペイン #バルセロナ #日本語放棄 #Park Güell バルセロナから(2018年8月29、30日) : 日本語放棄への驚くべき提案 明治維新の直後、森有礼が提案した「国語英語化論」と第二次世界大戦の直後、志賀直哉が提案した「国語フランス語化論」。 両論とも、一つの国家がそのアイデンティティとも言うべき歴史的遺産の自国の言語を廃止して外国語に置き換えようという驚くべき提案であった。 世界…

バルセロナから(2018年8月27、28日) : 「日本語」は葬り去られようとした

#スペイン #バルセロナ #日本語観 #グエル公園 バルセロナから(2018年8月27、28日) : 「日本語」は葬り去られようとした 母語を消滅の危機から守る、という発想や運動は世界でも珍しくない。スペインのバスク語やカタルーニャ語などはその回復運動が顕著に表れた例だ。 しかし、自ら母語・母国語を捨てて他国の言語に切り替えたらどうか、という発想をする国民は珍しい。 日本はその非常に珍しい発想が…

バルセロナから(2018年8月25、26日) : スペイン、カタルーニャにて母語「日本語」を想う

#スペイン #バルセロナ #日本語教師 #Sagrada Família バルセロナから(2018年8月25、26日) : スペイン、カタルーニャにて母語「日本語」を想う 日本国内では国語教師として日本の教育界に関わって来た私だが、同様に海外、具体的にはメキシコとスペインでは日本語教師として「日本語」という言語を生業として来た。 海外に出ると、当然、日本語以外の言語にも深い関心を抱かざるを得ない…

バルセロナから(2018年8月23、24日) : 日本人の「自我」を想う

#スペイン #バルセロナ #自我 #恐竜 バルセロナから(2018年8月23、24日) : 日本人の「自我」を想う 日本のアマスポーツ界や教育界で噴出しているパワハラや異状な忖度による醜聞は、時代錯誤な「縦社会主義」と滑稽な「拝金主義」が手を結んだ日本社会の「仕組み」が背景となっているのだろうか。 その日本社会の「仕組み」に欠けているものは何だろうか。この疑問が私の思考する大きな動機になっている…

バルセロナから(2018年8月21、22日) : 教育界にも日本社会の歪みが

#スペイン #バルセロナ #教育界 #Casa Batlló バルセロナから(2018年8月21、22日) : 教育界にも日本社会の歪みが 日本に激震を起こしているアマスポーツ界のパワハラ、歪んだ忖度は同時に教育界をも呑み込んでいる。 某大学のアメフト部やチアリーダー部の指導者のお粗末さ、そして某医科大学入試での世界に恥ずべき男女差別。 むべなるかな、と思うのが祖国日本の体たらくなのだから、情け…

バルセロナから(2018年8月19、20日) : 現代の"武士道"

#スペイン #バルセロナ #武士道 #折り鶴 バルセロナから(2018年8月19、20日) : 現代の"武士道" 出るわ出るわ。水道の蛇口をヒネっているわけではない。 日本からの報道を観ているのである。 アマスポーツ界や教育界の不正と不適切行為が表面化されている。 日本社会に澱む、異状な「縦社会」と滑稽な「拝金主義」は表裏一体となって醜態を曝け出す。 居合道で八段や藩士になるには人格的に非の無い…

バルセロナから(2018年8月17、18日) : アジア人としての日本人

#スペイン #バルセロナ #アジア人 #日本人 バルセロナから(2018年8月17、18日) : アジア人としての日本人 サグラダ・ファミリアの前で写真を撮ってもらおうと、近くにやって来た青年に頼んだ。 青年は快く引き受けてくれたが、その友人らしき若者が痰を切るような音を出しながら青年に意味深な笑みを向けた。 この世界遺産を背に1枚撮ってもらった後、渡したスマホを受け取りに彼らに近づいて礼を言っ…

バルセロナから(2018年8月15、16日) : 終戦の日に日本社会の「仕組み」を想う

#スペイン #バルセロナ #男女格差ランキング #Camino de Santiago バルセロナから(2018年8月15、16日) : 終戦の日に日本社会の「仕組み」を想う 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず、とは福沢諭吉の有名な言葉である。 なるほど、明治維新以来、日本は「平等」な国を目指して来たように見える。 だが、福沢の言う「人」に女性は含まれているのだろうか。 福沢の言葉はアメリ…