日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年3月4日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(37)燃える「ガウディの遺言」

バルセロナから(2018年3月4日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(37)燃える「ガウディの遺言」


樹液を求める昆虫のように尖塔の外壁にへばり付いた、その“影”の頭上には鐘楼の先端部分、ピナクル(小尖塔)が迫っている。採光のための穴が筒状に空いている。その穴に彼の投げた鈎梯子の一つが食い込んでいる。


その上には朱色の「S」の字がくっきりと見える。この塔はイエスの十二使徒の一人であるシモンに捧げられたものだ。

「生誕のファサード」の向かって右から三本目の尖塔に、この二人は昆虫が樹皮を登っていくように這いつくばっているのである。


遠目からもそれと分かる、蹌踉(よろ)めく“影”に向かって佐分利が、

「その先はないぞ」と“影”に声を掛けた。

“影”は、

「分かってるさ」とやや掠(かす)れた声で吐き捨てた。


と、月の明かりを背に“影”が動いた。

「やめろ!」と佐分利が叫んだ。

「クックック…」風に吹かれた木の葉のように“影”が笑った。


その笑い声が途切れた、と同時に、“影”の手元で炎が昇った。

そして、炎に照らされたラミロの顔が濃紺の夜空の中で不気味に浮き上がった。


ガウディが遺したあのサグラダ・ファミリアの機密文書、「ガウディの遺言」を燃やしたのか…。

そう気づいた私は危うく目眩(めまい)に、明かり取りの穴から出した上半身がフラつきそうになった。その時、佐分利が「おい!やめろ!」と再び悲痛な叫びを上げた。


すると、次の瞬間、炎が消えるのと同時に、ラミロの“影”は揺らりと崩れ、まるでスローモーション映画の数コマのようにゆっくりと尖塔から体を離し、頭を下にしながら漆黒の地上へと落ちていった。


その黒い塊は、最後に狼男が月に向かって放つ遠吠えのような長く尾を引く断末魔の声とともに、夜のバルセロナの漆黒の奈落の底へと吸い込まれて行った。


これでガウディが遺したサグラダ・ファミリア建設に纏(まつ)わる謎を解く唯一の"鍵"が永遠に失われた…。私は、急に冷え込んで来た夜風に顔を吹き上げられ、身震いして佇むしかなかった。

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