バルセロナから(2018年9月2、3日) : アメリカ人にタシナメられた森有礼の「国語英語化論」
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バルセロナから(2018年9月2、3日) : アメリカ人にタシナメられた森有礼の「国語英語化論」
まず、森有礼の「国語英語化論」について考えてみる。
森は明治維新の直後1873 年、ワシントンの書店から英文で出版した『Education in Japan』で「国語英語化論」を展開している。
じつは、その本の出版に先だって、森は当時の有名なアメリカの言語学者W.D.WHITNEY(ホイトニー)に書簡を送り、自説の国語英語化論に対しての意見を求めている。
すなわち、簡易英語を日本の国語とする政策を説明して、それに対する意見を求めたのである。
ホイトニーの意見は明確であった。彼は森への返書で、英語を日本の国語にしたいとする森の案に対して、民族文化の継承の立場から否定した。否定的な内容であった。
英語母語国の著名な言語学者の自説への援軍を得ようとした森は、結果的には当てが外れたばかりか、逆に、外国人のホイトニーに言語と民族との深い関わりを指摘され、軽々に自国語を他国語に取替えようとする説を、嗜(たしな)められたことになる。
今から観ると何とも唖然とする森の提案だが、当時の知識人としては欧米に追いつくために懸命に絞り出した思い付きだったのだろう。
だが、今日でも森と同様な思い付きを口にする“知識人”が時たま出て来るのには、この国の日本語に対する姿勢を考えざるを得ない。
写真は、日本語クラスの学生が「折ってみました」と見せてくれた折り紙「蜻蛉(とんぼ)Libélula」。千代紙の模様の美しさがトンボの姿に良く合っているね。