日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年8月3、4日) : 人智・時空を超えた存在に語り掛ける

バルセロナから(2018年8月3、4日) : 人智・時空を超えた存在に語り掛ける


あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。


1995年1月17日に阪神淡路大震災が起きた時、スペイン、バルセロナに居住していた。崩れた家の残骸と瓦礫の山の中で犠牲者を次々と棺桶に入れて蓋に釘を打ち込んでいた若い女性の姿が脳裏に残っている。


日本では放送されないシーンなので、スペインのテレビニュースで見たのだろう。手際よく流れ作業のように行われていた遺体処理に少なからず衝撃を受けた。あれは幻だったのだろうか。


この大震災で阪神高速道路神戸線が倒壊した。日本の技術を結集させた高速道路は飴棒のようにグニャリと曲げられた。震災の甚大さを象徴するものとして世界中にセンセーショナルに報道された。


大自然の猛威の前では人間の知恵や力は赤子の首を撚る如く無力なのか。


日本人は、人生の無情さを改めて感じた。この経験から日本人の生き方、価値観に多くの示唆を受けたはずである。


日本に行けば富士山と対話をするが、バルセロナに帰ればサグラダ・ファミリアに話し掛ける。

人は人智・時空を超えた存在に生きるヒントを探すことがある。富士もサグラダも寛大な心で限りある命の存在を迎えてくれる。

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