日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月19日<その2>) : 「違くない」「違そうだ」「違くて」?

バルセロナから(2018年2月19日<その2>) : 「違くない」「違そうだ」「違くて」?


TVの情報番組でも「◯◯屋」などでは、MCはプロのアナウンサーらしくないところが一般受けしているのだろう。怪しげな日本語を多用して憚らない。しかし、考えてみれば「一般受けする日本語」が「怪しげ」と言えるのも奇妙な話だ。日本語を母語とする日本人の母語習得レベルに「?」が付くことを前提にしているからである。その「怪しげな」日本語が実際にプロの口から出ると、やはり違和感を持たざるを得ない。

例えば「違う」を赤ちゃん言葉で連発したりする。

「本物と【ちがくて】ビックリしたよ」とか「どうも【ちがそう】だね」、あるいは「それ【ちがくない】?」

プロのアナウンサーだから大衆受けするクダケタ言い方をしているのだろうが、一般日本人の日本語のレベルも見下げられたものである。

日本語の「違う」は動詞なのだが、英語(different)などの影響を受けて、これを形容詞のように使うところから「ちがくて」(ちがって)「ちがくない」(ちがわない)「ちがそう」(ちがいそう)の形を連想した誤用が生まれる。

言語の変化は必然性のあるものでなければ、それは単に「赤ちゃん言葉」ととともに思考の退化、民度の劣化へと落ちていくだけ、と思うのだが。

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