日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年3月7日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(40)真相

バルセロナから(2018年3月7日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(40)真相


「なるほど。だけど、ガウディがなぜそのことを後世に残す必要があったんだろう?」私が思わず呟くように言った。


「ガウディは死ぬ間際まで教会内の一部の司教たちの品行の腐敗に心を痛めていた。そして、あの石工の死の真相が曖昧のままにされ、自分の命の結晶とも言えるサグラダ・ファミリア内で、不埒な歴史が繰り返されるのを恐れた。まるで自分の心が汚辱に塗れる末路を知りながら死んでいくことに、我慢できなかったんだろうね。それで自分が確認した真相を、つまりは“嬰児殺し”並びに“石工殺し”の真犯人を遺言に暗示的に示した」


「そういう自分の家系と因縁のある遺言を知ったペドロとラミロが、石工の孫娘を脅威に思い込んで惨殺したり、ガウディの秘密の隠し部屋にある“遺言”を消滅させるに至った、というわけか」私の先読みに苦笑いしたが、佐分利はすぐに真顔になった。


「遺言と言っても、書かれた内容はそれだけではないからね。ガウディ自身の作品についての貴重な構想、とりわけ、サグラダ・ファミリアの完成イメージが、何らかの形で示されていたはずだ。それが灰になり、永遠に知ることができなくなった。後世の我々にとっても、取り返しのつかない、無念極まりない結果だ。今はただ、断片的に残された資料を元に完成図を想像するしかないんだ」佐分利は語気を強めて、吐き捨てるように言った。


そして、コツコツと床板を鳴らしながら小さく歩き回り、思い直したように言葉をこう結んだ。

「まあ、いずれにせよ、こういう怨恨の絡まる事件は難しいね。すべて明らかにすることが、当事者や関係者にとって幸せにつながるとは限らないし、われわれにとってもね…」


バルセロナのサムライと呼ばれるこの稀有な才能を持つ探偵は、深い溜息をそっとつき、私の脇を通り、またデスクの向こうの古びた肘掛け椅子に疲れた身体を預けるように、腰を下ろした。


私は、すっかり冷めてしまったエスプレッソの残りを喉に押し込み、ふと後ろの窓に目を遣った。窓の外では、クリスマスソングが遠くに聞こえ、道行く人々もコートの襟を立てて忙しそうに行き交う。そうか、バルセロナにもいつの間にか冬がやって来たらしい。

丁度そのとき、裏の雑木林の朽ちた落葉の上に、音も無く黒い"影"が降り立った。

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