日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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再びの欧州ひとり旅(19日目。2017年7月19日) : チェコからポーランドのアウシュヴィッツに入り強制収容所で人類の汚点に立ちすくむ

再びの欧州ひとり旅(19日目。2017年7月19日) : チェコからポーランドのアウシュヴィッツに入り強制収容所で人類の汚点に立ちすくむ



 チェコからポーランドのオシフィエンチム、ドイツ語でアウシュヴィッツ、へ移動した。


これほど訪問者が多いのに相変わらず案内が控えめだ。29年前も苦労して辿り着いたが、今回も鉄道駅からは歩いて行った。


 強制収容所入り口に有名な、働けば楽になる、という標語がある。敷地内に入り各棟を巡る。収容者が使っていたメガネ、歯ブラシなどの日用品の山、山。とりわけ髪の毛の山積みの前では見学者も息を呑む。ある棟に足を踏み入れると水色に黒の縞の入った収容者たちが背を丸めてずらりと整列していた……と見紛うばかりに縞の制服が暗い部屋にビッシリと吊るされていた。


28年前の訪問の際もそうだったが、その瞬間、この部屋には私一人しかいなかった。誰もが足早に出て行きたくなる部屋なのだ。
人間の進歩と過ちはどんな顔をして歴史を刻んで来たのだろうか。背筋に冷たいものが流れ落ちた、と思った。


29年前にこの強制収容所を訪れた私は、小文『アウシュヴィッツの記憶』を書き残している。今回の旅の記事に加えてそれをここに付し、改めて人類の汚点を省みる。                      
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『アウシュヴィッツの記憶』


ベルリンの壁がまだ厳然としてヨーロッパを東西に分けていたある年、七月の暑い日に、私はワルシャワからクラクフに着いた。


クラクフ中央駅に着いた時には、夜の九時を廻っていた。取り敢えず今晩身体を休めるホテルを探した。幾つか当たってみたが、どこも苦室はないと言う。そうこうしているうちに十時半になってしまった。さてどうするか、やはり東ヨーロッパは予約なしでは難しいのかもしれない、と多少諦め気分になり始めていた。街の灯も一つ二つと消えてゆき、人影も見る間に少なくなっていった。


 当時のポーランドは東側の国々の例に漏れず、夜も十時半を過ぎれば街中と言えど閑散とし、僅かに最終のバスを待つ人影が見られるだけだった。


 もう一つ当たって駄目なら隣町へ行ってみよう、と思いつつ訪ねたホテルに運良く空室があった。さっそくホテルの受付嬢にオシフィエンチムまでのバスを確認した。オシフィエンチムはドイツ語名をアウシュヴィッツと言う。受付嬢は、日本人がたった一人でわざわざアウシュヴィッツを訪ねて来たのか、と半ば呆れ顔だった。


 翌朝、一時間ほどバスに揺られ、オシフィエンチムに入った。それから市内バスに乗り換えて、ようやくアウシュヴィッツの博物館、ムゼウム前に着いた。バスを降りた途端、にわか雨が降り始めた。暑さの中、私は恵みの雨を受けながら旧強制収容所の鉄門をゆっくりと入って行った。鉄門の上には、有名な「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」というドイツ語が掲げられていた。


 捕虜たちの収容所として使われていた建物の幾つかが展示館となっていた。私は人の出入りの少ない棟から入って行った。


 強制収容されたユダヤ人やポーランド人たちが身体を横たえた蓆(むしろ)の寝床が延々と続いている棟。カーペットにするため収容所から切り取った髪の毛が山のように積まれている棟。収容者たちの遺品である靴、歯ブラシ、服などの日用品が展示されている棟。 生体実験に使ったという器具が置かれている棟。人間の身体から石鹸や灰皿などを作ったという機械が並べられている棟。すべてが無造作に生々しく残されている。


 そして、捕虜たちの顔写真が展示されている長い廊下を渡り、その突き当たりの部屋に足を踏み入れた。すると、そこには消耗し切った捕虜たちが声もなく整列していた…と、私には一瞬思えた。薄暗い部屋の中で白と青の縦縞模様の捕虜服がずらっと吊られて並べられていたのである。その時その部屋にいたのは、私一人だった。私の靴音だけが妙に響く沈黙の中で、私は微かに彼らの怨嗟の声を聞いていた。


 展示館を一通り見た後、ナチスがそこで貨車から捕虜たちを降ろしたという線路を跨ぎ、有刺鉄線で囲まれた収容所をもう一度振り返った。捕虜たちはこの線路脇で強制労働かガス室行きか選別された。人間の心の奥底に潜む暗くおぞましい何ものかに抗するように、私は収容所の上のもうすっかり晴れ上がった空に目を遣った。

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