日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月27日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(32)狼男より恐ろしい奴

バルセロナから(2018年2月27日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(32)狼男より恐ろしい奴


その日の夜11時過ぎ、警備員の最終見回りが終わった頃、サグラダ・ファミリアの「生誕の門」を見上げている二人の男がいた。濃紺の夜空に突き刺さるように聳(そび)える8本の尖塔……“怪物”の触角、その横に輪郭の滲んだ月が場違いな明るさを振りまいている。秋も深まったというのに妙に生暖かい風が二人を包み込んで、私も何か背筋を舐められたような薄気味悪さを感じていた。


「狼男でも出てきそうな夜だな」堪らず私はおどけた調子で佐分利に囁いた。彼は細めた眼を生誕の門の入口の扉に移しながら、

「狼男より恐ろしい奴に会えるかも知れないぞ」と声を立てずに笑った。


私も無意識に佐分利の視線の先に目を遣ると、入口の扉がほんの僅か開いて、中から手招きする影が見えた。佐分利はすでに扉の方に歩き出していた。私も足早に扉に向かいながら、扉の陰の人物を見定めた。案の定、マリアだった。


マリアは我々を迎え入れると、人差し指を口に当て、悪戯っぽく目で合図した。電気は点けず、彼女は懐中電灯で我々を門の奥へと導いた。前もって佐分利と綿密な打ち合わせがされていたようだ。どうやら尖塔のほうへ行くらしい。エレベーターは使わず、螺旋階段を登り始めた。何回ぐらい螺旋を廻っただろうか。できるだけ足音も抑え、沈黙のまま階段を登っているうちに、何度目かの踊り場でマリアが立ち止まった。


佐分利とマリアはさすがに毎日剣道と忍術の稽古をしているだけあって少しも息の乱れはないが、私は自分でも分かるほど息が切れていた。不意にマリアがその踊り場の壁の前でしゃがみ込んだ。床と壁の下の僅かな隙間に何やら針金状の物を差し込んで、数秒の間カサカサと指先を動かして集中していた。作業が終わったらしく、彼女は立ち上がり、徐(おもむろ)に両手を壁に当ててゆっくりと押した。


すると、どうだろう。踊り場の壁の一面が動き、壁の中央を縦軸にして絡繰り壁のように僅かに回転したではないか。開いた僅かな壁の隙間を更に広げ、人ひとりが通れるほどに開けたところで、佐分利がマリアの肩に指先で合図した。まず彼が隙間に体を入れて、こちらを振り向き、軽く頷いてから向こうの闇に消えた。彼は腕時計に仕組んである懐中電灯を点けて、残る我々を迎え入れた。


やがてマリアが部屋の灯りを点けた。四畳半ほどの部屋には中央に大きなテーブルがあり、その周りには書棚が取り囲んでいた。

「驚いたね、こんな隠し部屋があるとは」私は思わず感嘆の溜め息をついた。


「サグラダ財団理事長のイニャキ・マルティネスさんしか知らない部屋よ」マリアは軽く片目を瞑って見せた。

「さて、マリア、例の見取り図を出してくれ」佐分利はあくまで冷静だった。彼とマリアの間では、すでに今晩ここで何が起ころうとしているのか全て分かっているようだ。佐分利が言っていた「狼男より恐ろしい奴」とは何者なのだろうか…。

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