日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

本ブログ(その1)は ☛ http://urgell.blog62.fc2.com/ をご覧下さい。

バルセロナから(2018年10月28、29日) : 「東京に行け《ば》、君を許してもいい」(◯)と「東京に行く《と》、君を許してもいい」(☓)の違いは?

#スペイン #バルセロナ #日本語 #ば/と #サイン会


*(Puedes leer por Google Traductor)


バルセロナから(2018年10月28、29日) : 「東京に行け《ば》、君を許してもいい」(◯)と「東京に行く《と》、君を許してもいい」(☓)の違いは?


《カテイ君》:

前回まで「ば」「たら」「なら」について触れて来た。残る仮定形は《と》形だね。


《と》形は「条件Aのもとでは必ずBが起こる」という「原因と結果の強い必然性」の場合に使われているんだ。例えば ・(君が)東京に行く【と】、彼女が困る。


のようにね。


ところが、この文だと「と」は次のように「ば」に替えられる。 ・(君が)東京に行け【ば】、彼女が困る。


ただ「と」は「ば」よりも「前節の後節の必然性」が強いので、「ば」形では使える次のような《消極的意思性》を示す「許容」も受け付けない、という違いがあるんだ。


・「東京に行け【ば】、君を許してもいい」(◯)


・「東京に行く【と】、君を許してもいい」(☓)


ところで、前回で挙げた「ば」形の例を覚えている?


「東京に行け《ば》、電話して下さい」


これは、日本語文として違和感を抱くものだったよね。


後節の「電話して下さい」が、言わば、話し手の《積極的意思性》を示す「依頼」だったからなんだ。


つまり、《ば》形の後節は「電話して下さい」のような「依頼」、《積極的意思性》には違和感を示すけど、「許してもいい」のような「許容」、《消極的意思性》は受け入れるんだ。


そして、その《消極的意思性》である「許容」表現さえも受け付けないのが、《と》形というわけだ。

……………………………


さて、今日の写真は、バルセロナの書店で行われたサイン会。地元の人が買ってくれた私の本にサインをするサービスだが、この日のイベントに来て頂いた中で最高年齢者はなんと92歳のご夫婦だった。

ここ数日でバルセロナも秋風が急に冷たくなったが、この高齢のご夫婦の喜ぶ後ろ姿を見送りながら、胸の奥のほうから来る温かみを感じていた。

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。