日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年9月16、17日) : 世界の精神的補完としての日本語

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バルセロナから(2018年9月16、17日) : 世界の精神的補完としての日本語


日本語の自律性とは無関係な「簡約日本語」は案の定、試みだけで頓挫したようだが、「外国語としての日本語教育」への対応に焦るあまり、歴史に学ぶことなく「簡約日本語」的発想が、今日でも時々見え隠れするのも又事実で、私の危惧が杞憂に終わることを願うところである。


以上、述べてきた「国語英語化論」「国語フランス語化論」「簡約日本語」のほか、「英語第二公用語論」や「漢字廃止論」など、日本語を取り巻く状況は予断を許さない厳しいもので、しかもこれらの論のことごとくがその母語話者である日本人自らが、すなわち身内が仕掛けてくるのであるから、「日本語」という言語はつくづく運のない星に生まれてきたと、その待ち受ける運命の厳しさに胸を痛めるばかりである。


思わず問い質(ただ)したくなる。

「日本語は日本に生まれて幸せなのか?」

と。


産みの親である日本人は、日本語の持つ潜在能力はもちろんのこと、「顕」在能力さえも活かし切れているとは、今のところ到底思えない。


日本人の文化的必需、どころか、今や世界の精神的補完に求められている日本語が持っている大きな能力を、日本人はそろそろ正当に評価すべきなのではないだろうか。


写真は、白い貴婦人「カサ・ミラ」(Casa Milà)。ちょっと抓んでみた。凛とした世界遺産である。

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