日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年3月3日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(36)漆黒の奈落の底

バルセロナから(2018年3月3日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(36)漆黒の奈落の底


サグラダ・ファミリアの鐘楼の塔の穴は、じつは鐘の音を教会の通りに向けるための下向きの庇(ひさし)が付いている。


この穴は、鐘楼で響く鐘の音を通りの人々に届けるための穴なのだ。その穴の一つから、今は雲から顔を出した月の明かりだけが妙に生々しい、濃紺の闇が広がっている。


ラミロの後を追って、螺旋(らせん)階段を駆け上って来て、その塔の穴へ上半身を入れた佐分利は、そのまま下半身もスルスルと闇に吸い込まれて行った。すでに息の上がっていた私は、声を挙げる間もなく、口だけ大きく開けて、倒れるように穴に駆け寄った。


私は、何が起こったか分からぬままに、今さっき佐分利が消えて行った穴から顔を出して、彼の姿を探した。彼が上方に消えて行った気配を頼りに、上を見た。目を凝らすと、尖塔の外壁に張り付いてうごめく人の姿があった。鈎(かぎ)梯子を使って塔によじ登っている佐分利の姿だった。


更に上方へ目を向けると、佐分利の上、およそ3メートル先に巨大な昆虫のような黒い影が見えた。の“影”は、見る見るうちに尖塔の先へ近づいて行く。その影へ向けて、佐分利は左手で鍵梯子の綱を握り、右手を上に振り抜けて何かを素早く投げつけた。礫(つぶて)だ。


上方から微かに「ムウ…」と短い呻き声がした。踏ん張っていた足首に命中したようだ。佐分利の礫投げの正確さは、誰よりも私が一番知っている。


足を痛めた"影"が佐分利に追いつかれるのは時間の問題だろう。しかし、下を見れば奈落の底のような漆黒の闇が口を開けている。佐分利が"影"に追いついたとしても、あまりに危険すぎる。尖塔の外壁にぶら下がった二人が"組んずほぐれつ"しながら真っ逆さまに漆黒の地上に落ちて行く姿が、一瞬、私の頭をよぎった。

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