日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月26日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(31)絶対に追い詰めてやる

バルセロナから(2018年2月26日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(31)絶対に追い詰めてやる


 翌朝、十時には私は佐分利の探偵事務所にいた。佐分利の肩の傷は昨日のうちに病院で治療したが、幸い大事に至らなかった。今朝は、例によってこの男は何事もなかったように、涼しい顔をして古びた黒いデスクの前で電話応対していた。


「浮気調査だよ。こういうのも地道にこなしていかないと大きい依頼も来ないからね」

サムライは受話器を置くとこう言って、デスクの前のソファに腰掛けていた私に片目をつぶって見せた。


「で、あの男はアンヘラさん殺しを認めたのか?」私はせっかちに事件の話に持っていった。

「今朝早くからジェラード警部と電話で話したんだけど、あの男、ペドロは何も言ってないらしい。もっとも彼はあばら骨が二本折れていたから、本格的な取り調べはまだできないけどね。ま、たとえ黙秘しようと、彼を追い詰めるのは難しいことじゃない、とジェラード警部は言っていたし…」


ここまで言って、佐分利は急に椅子から立ち上がると窓際に近づき、薄いカーテン越しに外を見遣った。目は例のごとく、針のように細く鋭く光っていた。窓の外は鬱蒼と茂った雑木林が広がっている。


「気のせいか…」佐分利はしばらくそのまま雑木林の奥の方を見つめていたが、何かを吹っ切るように、今度は私の向かいのソファに深々と身体を沈めた。


「誰かいたのか?」私が彼の目を覗き込んで言うと、

「いや、気のせいだったようだ」とちょっと照れくさそうな目をして、話を続けた。


「問題は誰がペドロを利用したか、ということだ。五十五年前にサグラダ・ファミリアから落下死したセルヒオ・マルティネスさんの話、覚えているだろう。今回晒し首にされたアンヘラ・マルティネスさんのお爺さんだ。そのセルヒオさんをサグラダ・ファミリアから突き落とした犯人とアンヘラさん殺しの犯人は何らかの関係があると俺は睨んでいる」

佐分利がこれほど一気に確信に触れてくるとは、私も予想していなかった。


「じゃ、やっぱり、あのグループ、“ガウディを伝える会”のメンバー…」私は思わず掌で我が口を抑え込んだ。声が大きすぎた、と思ったからだ。どこで誰が聞き耳を立てているか知れたものではない。私の慌て振りに佐分利は声を殺して笑った。そして、ギョロリと目を剥くと、一段と低い声で吐いた。


「必ず追い詰めてやる」

「目星はついているのか?」私はさっそく水を向けた。

「そうさ、な」佐分利は勿体ぶるように眉をうごめかした。ソファから立ち上がり、ゆっくりとまた窓際まで近づきカーテンの隙間から外を見遣ってから、私を斜め見して再び口を開いた。


「マリアを潜り込ませた。彼女はあれでなかなか機転が利くしね。いろいろと情報を集めてくれるだろうさ」

「彼女ひとりじゃ危なくないか?」

「大丈夫。彼女は優秀な「くの一」、女忍者でもあるし、いざとなったらホセもいる。ジョルディもすぐ駆けつけられるようにしてあるさ」


「俺にも何か手伝わせてくれよ。身体がなまってしょうがない」私が首を左右にひねって見せると、佐分利は例の細い眼を向けて私に近づき、耳元で囁いた。

「今夜、サグラダ・ファミリアに忍び込むぞ」

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