日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月17日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(22)ガウディの遺志

バルセロナから(2018年2月17日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(22)ガウディの遺志


この日から三日後、サグラダ・ファミリアの主任石工、加納公彦に懼(おそ)れていたことが起きた。

 加納はその日、どうしても仕上げておきたい彫刻があった。


サグラダ・ファミリア「生誕の門」の中央に十五体の像を彫る仕事が、遠く極東の日本から来たこの若い石工に委ねられた。この彫刻が完成すれば、すなわち、生前のガウディ自身が建設を始めた「生誕の門」そのものの完成も成就することになる。言わば、ガウディの遺志を継ぐ者として認められた証しでもある。


これらの像は、聖家族の像のすぐ上に配置され、キリスト生誕を祝って歌を歌う九人の子供たちと楽器を演奏する六人の天使である。そのうちのハープを奏でる天使像が、最後の仕上げに入っていた。というよりも、もうすでに出来上がったも同然で、あとはハープを奏でる指先とそれを見つめる眼に命と魂を吹き込むだけだった。


加納は、天使像の眼の仕上げに掛かりながら、ガウディと同時代のカタルーニャの詩人ジョアン・マラガールの詩を思い出していた…


生誕の門は建築ではない

イエス降誕の喜びを永遠のもののように謳い上げた詩である

石の塊から生まれでた建築の詩である……


「石の魂。建築の詩…」と幾度か呟いていた加納にようやく会心の笑みが浮かんだのは、西の空も茜色に染まった頃だった。同僚たちは、すでに誰も残っていなかった。 「さて」と加納が立ち上がり、満足げな顔で改めて完成した天使像を見つめていたその時だった。ガタンと上のほうから嫌な音がした。

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