日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月12日<その2>) :えっ、「教えて【もらう】あと」?

バルセロナから(2018年2月12日<その2>) :えっ、「教えて【もらう】あと」?



「教えてもらう前と後」というTV番組がある。


 内容が紹介された後、


 画面には


「教えてもらう前」⇒「教えてもらう後」


と大きく書かれた。


えっ、「教えて【もらう】後」? それはないだろう! と呆れた。



 当然「教えて【もらった】後」である。タイトルの「教えてもらう前と後」をそのまま使って、「教えてもらう+前」と「教えてもらう+後」、と書いてしまったのだろうが。



 日本語では例えば「教えてもらった後、変わる。」という非過去の文であっても、「後(あと)」に係る「教えてもらう」行為は過去形「教えて【もらった】」でなければ成り立たない。



 何故ならば、日本文の構成では「教えてもらう」という状況は「変わる」という状況より前、つまり《相対的に過去》の印を付けなければ文として成立しないのである。



 文全体が「……変わる。」と非過去であっても「教えてもらう」という状況が既に終わったものとして扱われる場合、スペイン語でも、《現実では起きていないことを起きたこととして話す》用法である《接続法》を用いて表現している。



どの言語でもその言語全体の体型の中で自律的な法則が自ずと出来ているのである。言語の法則は言わば、宇宙の自律性と類似している。


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