日本語教育・日本語そして日本についても考えてみたい(その2)

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バルセロナから(2018年2月1日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(6)裏切り

バルセロナから(2018年2月1日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(6)裏切り



 加納公彦はガウディの心を伝える彫刻家として、ヨーロッパ人以外で初めてサグラダ・ファミリアの主任石工(いしく)となった。神が時間を作り、悪魔が時計を作った……ガウディの時空を超えた芸術観を最も具現化できる石工としてガウディの信望者たちは、この極東から裸一貫で来た若者に自分たちの夢を託した。



 ガウディを見つめるだけでは何も見えてこない。ガウディは生涯を掛けて何を見ようとしていたのか、その視線の先をガウディと共に見つめることで、サグラダ・ファミリアのあるべき本当の姿が見えてくる……加納がかつて、私にぽつりと言った言葉だ。



  加納は地元やヨーロッパのベテラン石工たちに推挙されて若くして主任石工になったが、もちろん、この極東からやって来た才能ある若造に対する嫉妬ややっかみがなかったとは言えない。彼の登場は、サグラダ・ファミリアの長い歴史の中でその伝統の精神を忠実に引き継ぐ救世主として、ガウディ信望者や古株の石工たちから大きな期待を掛けられた。



事実、加納も初めのうちは彼らの期待に沿った仕事をしていたが、徐々に彼の彫刻は作風を微妙に変えていった。ガウディが見つめていた先を、この若き主任石工は己の才能と合体させるように、周囲の伝統継承の期待を密かに裏切っていった。彼の作品は、見る人が見ればサグラダ・ファミリアの伝統的な彫刻とは一線を画するかに見える現代的な作風に変化していったのである。



こうした最初の周囲の期待へのある意味での"裏切り"はコップの水が溢れ零れて行くように目に見えるようになって来た。


  既にここから、思いもかけない悲劇の序章が始まっていた。



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