バルセロナから(2018年1月31日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(5)口紅
バルセロナから(2018年1月31日) : 「サグラダ・ファミリア異聞」(5)口紅
その生首は女のものだった。恐怖で吊り上った眉の下で諦めたような半開きの眼、濃すぎた口紅を悔いるような硬く喰いしばった唇、それらのパーツの間で幾分上向き加減の鼻が、唯一生前の彼女の愛らしさを訴えていた。
鑑識に回される前に、「サムライ」こと佐分利健は念入りに女の生首を見て、
「素晴らしい金髪だけれど、ここ一週間は手入れができていないね」とロープに結わえられた頭髪の根元の黒髪を指差した。陽もすっかり上がっていて、もう生首の細部にわたって鮮明に見える。
「それに、左の頬と顎の下の傷は、比較的古いものだ」そう言ってサムライは手早く携帯でアングルを変えながら写真を数枚撮った。そして、愛用の黒手帳に何やら細かくメモを取ったかと思うと、
「引き上げようぜ」と私の袖を引っ張った。
そしてこの事件の第一発見者である主任石工に目配せして、
「のちほど私から電話を」と人差し指でダイヤルを回すような円を描いた。