バルセロナから(2018年1月13日) : 1990年「南米ひとり旅」ペルー、クスコのヘスス(Jesus)少年のこと
バルセロナから(2018年1月13日) : 1990年「南米ひとり旅」ペルー、クスコのヘスス(Jesus)少年のこと
小さなレストランで食事をしているとき、いつのまにか、一人の少年のことを思い出していた。ペルーのクスコで出会ったヘスス少年のことである。彼との約束を果たせなかったのが、今でも心残りだ。
この絵葉書売りの少年は、十二、三歳と思われた。クスコの全貌が見渡せる丘に、私を案内してくれると言う。絵に描いたような青空の中、少年は急勾配を早足で先導する。朝の日差しだが、私の額からはすぐに汗が吹き出した。中腹まで登った時、少年と私は腰を下ろし、眼下を見渡した。 )
日曜市のテントが見え、その周りは田園が広がるばかりである。クスコの全景は見られなかったが、私たちはそこから下ることにした。急な坂を下りながら、私は少年と短い会話を交わした。
「学校には行ってるの?」
「行ってる。でも仕事もしなくちゃ」
「絵葉書はたくさん売れる?」
「少し。でも今日は日曜市にたくさん人が来るから、売っていく」
ペルーの大人たちは現実の厳しさをいやというほど思い知らされ、希望を捨てたかに見える。だが、子供たちは実に働き者だ。自分が働かなければ、その日の食事にさえありつけないのだから。
「案内してくれたお礼に今日の昼食をご馳走するよ。今朝待ち合わせた場所で一時に待っているからね」
日曜市の人ごみに消えていく少年に、私はそう叫んで乗り合いトラックの荷台に乗り込んだ。
「わかった」
少年は大きく手を振った。
町の中心、セントロへ向かうそのトラックは、途中、タイヤがパンクし、私は小雨の降る中、次のトラックを長い時間待たなければならなかった。
セントロにやっと着いた時は、もう約束の時間はとっくに過ぎていた。私は待ち合わせ場所の小さな広場とその近くのレストランの前を、何度も往復して少年を探した。もう明日はボリビアへ発つ。私は思い足取りでホテルに戻った。
あれから数年が経ち、私は暖かいスープの前にいる。ヘスス少年は、どうしているだろうか。その神々しい名前と共に、忘れ難い思い出である。
ヘスス(Jesus ジーザス)は救世主イエスの名だった。
写真はペルーの山並みを背景にジュース売りの少女と。